目次
アリスとの一時的な休戦協定締結!?
キリトとアリスはなんとか生き延びていた。
そのキリトの右手に黒い剣が握られ、左手にはアリスを、黄金の重装備を纏いし女性を捕まえていた。
「もういい、その手を離しなさい」
と、キリトにぶら下げられる女性が叫び声を発した。
「お前のような大罪人に命を救われ、生き恥を晒すつもりはありません」
と同時に、掴まれた右手を振り解こうと全身を揺り動かす。
キリトの手の中で、汗に濡れた籠手が僅かに滑る。
「うおっ!…ばっ…」
咄嗟に 意味のなさない言葉を漏らし、どうにか揺れを押さえ込んだ。
その後 懸命に静止状態を取り戻し、ちらりと下を見て大声で喚く。
「動くなバカ! あんたも整合騎士様なら、ここで自暴自棄になっても何も解決しないことぐらい悟れよ!バカ!」
「なっ………」
彼女の壮麗な白い顔が、さっと紅潮する。
「まっ…またしても私を愚弄しましたね。撤回しなさい!罪人!」
「うるさい!バカだからバカって言ったんだ、このバカ!バ〜カ!」
自分でも頭に血が上っているだけなのか、解らないまま尚も喚き散らす。
「いいか?! ここであんた一人が落ちて死ねば、塔の中に残ったユージオはすぐに最高司祭のとこまで行くぞ! あんたはソレを阻止するのが役目なんだろうが!なら今は何を置いても生き延びるのが最優先じゃないのか!?整合騎士として。 それくらいの理屈が呑み込めないバカだからバカって言ってるんだ」
「くっ…はっ…… 八回もその屈辱的な侮言を口にしましたね!」
アリスは、怒りに頬を染め眦を釣り上げた。
左手に輝く金木犀の剣が少し持ち上げられ、キリトはヒヤリとしたが、どうやら危ういところで理性が優ったらしく、剣は再び力なく垂れた。
「なるほど、お前の言うことは理屈が通ってます。 しかし………」
「ならば、なぜお前はその手を離さないのです?その理由が私にとって死よりも耐え難い憐憫ではないと、お前は証明できるのですか?!」
「俺は…俺とユージオは、公理教会を壊滅させたくて、カセドラルをここまで上ってきたわけじゃない」
強い光を放つアリスの碧い瞳をまっすぐ見下ろし、必死に言葉を絞り出す。
「俺たちだって、ダークテリトリーの侵略から人界を守りたい気持ちは同じなんだ。2年前、果ての山脈でゴブリンの集団と戦ったんだからな………って言っても、信じて貰えないだろうけどさ。だから、整合騎士の中でも最強の一人と言われるあんたを、ここで死なせる訳にはいかないんだ。貴重な戦力なんだからな」
予想外の展開に、アリスは眉を寄せて沈黙したが、すかさず舌鋒鋭く言い返した。
「ならば、お前は何故、人に向けてその剣を振るい 血を流すという最大の禁忌を犯したのですか!」
「何ゆえに、エルドリエ・シンセシス・サーティワンをはじめ多くの騎士を傷ついたのですか!」
教会と秩序の守護者である今のアリスに何を伝えられるのだろう? しかし、届かない言葉だとしても自分にはもうそれを精一杯 振り絞り、語ることしかできない。
「俺とユージオが学院でライオス・アンティノスとウンベール・ジーゼックを斬ったのは、公理教会と禁忌目録が間違っているからだ。それは、本当はあんただってわかっているんじゃないのか? 禁忌目録で禁じられていないからって、ロニエやティーゼみたいな、何も罪のない女の子が上級貴族にいいように弄ばれるなんてことが本当に許されると……… あんたはそう思っているのか!」
「どうなんだ!答えろ、整合騎士!!」
キリトの怒声の塊がアリスに叩きつけられる。
先刻の苛烈さが無くなり、かすかに わななく唇から漏れた声は、
「…法は、法………罪は、罪です。それを民が恣意によって判断するなどということが許されれば、どうして秩序が守られるというのですか」
「その法を作った最高司祭アドミニストレータが正しいか否かを、一体、誰が決めるんだ。天界の神か!?なら、どうして今すぐ神罰の雷が落ちて俺を焼かないんだ?!」
「神のーーーステイシア様の御意思はしもべたる我らの行いによって、自ずと明らかになるものです」
「それを明らかにしたくて、俺とユージオはここまで上って来たんだ!アドミニストレータを倒してその誤りを証明する為に!そして、それと全く同じ理由で………」
キリトはちらりと上を仰ぎ、壁に食い込む愛剣がいよいよ限界に近づいていることを確認した。
「いま、あんたを死なせるわけにはいかないんだんだ!」
「うおおっ〜〜」
左手にぶら下がるアリスを引っ張りあげる。
「あの継ぎ目に剣を………こっちはもう持たない、頼む!」
アリスの左腕が動き、金木犀の剣の切っ先が大理石の隙間に深く突き刺さった。ほぼ同時に黒い剣が継ぎ目から抜け落ちた………が、その刹那 アリスの右手がキリトの後ろ襟を掴んだ。
「助けたわけではありません。借りを返しただけです…それに、お前とは剣の決着がまだついてない」
「なるほど…。じゃあこれで貸し借りはナシだな」
「そこで提案なんだけど…とりあえず、俺たち二人ともどうにかして塔の中に戻らなきゃいけない立場なわけだ。だから、ひとまずそれまで休戦ということにしないか?」
「休戦?!」
「ああ、カセドラルの外壁を壊すのはもう無理だろうし、登るのも容易じゃない。一人より二人で協力した方が生還の可能性が増えるはずだ。勿論、あんたには簡単に中に戻る方法があるっていうなら別だけど…」
「そのような方法があれば、とうに実行してます」
結果、アリスは仕方なくキリトの提案に乗り、一時的に休戦とすることにしたのである。
アリスの情報から、壁をもう一度壊すのは無理だし、降りるのも容易ではない。 95階の暁星の望楼、柱だけの素通しの場所に到達すれば、容易に中に戻れることがわかった。
アリスは鎖を作り出して、お互いの身体に付ける。
どちらかが落ちそうになった場合、この鎖で助ける という相互扶助の約束、ある意味、命綱の役目も果たすのである。
キリトは大型のハーケンを作り出し、それを大理石の繋ぎめに打ち込み鉄棒の蹴上がりの要領で上がっていく。
キリトは同じようにアリスにも行動するよう促すが、初めての状況、ぶら下がっているだけで精一杯!
仕方がないので、キリトがアリスを引っ張ってハーケンの足場に引き上げることにした。

この行動を繰り返し、85階辺りに到達したという状況で、上階に見られぬ物を発見する。
ミニマムの存在とキリトとアリスへの襲撃
セントリアはもうすぐ夏至祭だというのに、一旦 沈み始めた太陽の勢いは無情なまでに速かった。
「システム・コール!ジェネレート・メタリック・エレメント」
銀色の光がか細く漂い、ハーケンの生成がいよいよ怪しくなってきた。
術式の行使にあたっては、貴重な触媒や人間を含む生物の天命、あるいは術者の周りに蓄えられた《空間神聖力》を消費しなければならない。
しかも、この空間リソースというものは、数値では確認できない、厄介な代物なのである。
「おい、あそこ…何か見えないか?」
指差しながらそう叫ぶと、足元でアリスも顔を上げた。
「確かに…… 石像か何かでしょう? しかしこんな高い場所になぜ… 誰も見る者はいないのに………」
「なんでもいいよ、上に座って休めれば。でも、あそこまでは8メー……8メルはある。登るのに鉄棒があと三本は必要かな」
「三本ですか………」
アリスは一瞬考え込む様子を見せてから、すぐに頷いた。
「わかりました。いざという時まで取っておくつもりでしたが、どうやら、今がその時のようですね」
術式詠唱が終わると、籠手は三本のハーケンに姿を変えていた。アリスの物体形状変化術は、素因生成術と比べて燃費が良く、周囲の枯れかけたリソースでも効果が発揮できた。
「これを使ってください」
キリトがアリスの黄金の杭を使って、上がっていく。
謎のオブジェクトが、薄闇の中でもはっきりと視認できるようになった。
「えっ!? あ、あれはダークテリトリーの………」
と、アリスが驚きの声を漏らした、瞬間、
キリトの真上にうずくまる石像の頭が、左右に動き、ヤツメウナギを思わせる丸い口が小刻みに開閉された。
アリスはハーケン上では、動けない。自身もこの足場では、力が発揮できない………
鎖の長さは五メートル。頭上のテラスまでは、四メートル。キリトは何かを閃き、覚悟したように ハッ!と両目を見開いた
「アリス…アリス!」
「鎖にしっかり掴まれ!」
「お前、まさか………」
「二人とも生き残れたら、あとで幾らでも謝る」
そういうと、キリトは全身の力を振り絞って、アリスを頭上に、真上に放り投げた。
「きゃあああ〜〜」
と、意外に女の子っぽい悲鳴をあげながら、半円を描くように四メートル上のテラスに着地した。

アリスはキリトの期待に応え、狭いテラスで身を起こすや両手で鎖を握る。次は自分の番だと言わんばかりに、怒りに満ちた声で叫びつつ鎖を思いっきり引っ張る。
「こっ……のおおおぉ〜〜」

「な…何を考えているのですか!この馬鹿者!!」
「仕方ないだろ、こうするしか…… いや、話は後だ、来るぞ!」
キリトは再度抜刀し、急上昇してくる三匹のガーゴイルに切っ先を向けた。
「ま…間違いない、なぜ…こんなところに………」
テラスと同じ高さまで昇ってきたガーゴイルたちは、構えられた二本の剣を警戒してか、すぐには飛びかかって来る気配はない。
空中でぐるぐると旋回する怪物を注視しながら、アリスに問い質す。
「さっきから何を気にしてるんだよ。あの怪物のこと知っているのか?」
「ええ、知ってます。」
「あれらは、ダークテリトリーの暗黒術師たちが作り出し、使役する邪悪な魔物です。彼らに倣って私たちは《ミニオン》と呼んでいます。神聖語で“手先”とか“従属者”というような意味です」
「ミニオン……… ダークテリトリー産なのは見た目で納得だけど、どうしてそんなモノが、人界で一番神聖な場所の壁にゴッソリ並んでるんだ?!」
「それは、私が知りたい!」
絞り出すような声で叫び、アリスはキツく唇を噛んだ。
「お前に言われるまでもなく、決してあってはならぬことです。ミニオンが、整合騎士の監視を掻い潜って果ての山脈を越え、遥か離れた央都に……… しかもセントラル・カセドラルのこんな高い場所にまで侵入してきたなどとは到底考えられない。ましてや………」
「ましてや、教会内部で高い権力を持つ何者かによって意図的に配置されていた……なんてことは絶対にあり得ない」
途切れた台詞を補ったキリトを、アリスは睨みつけたが、反駁しようとはしなかった。
そのミニオン、ガーゴイルたち、どうやら様子を見るから攻撃に切り替わったらしく!?三匹同時に翼を強く羽ばたかせ、ぐっと高度を取った。
「ーーー来るぞ!!」
と、キリトは愛剣を構え直した。
「気をつけろ!二匹行ったぞ!」
女性騎士の身を純粋に案じ、警告したのに、返ってきた声はトコトン冷淡だった。
「お前、私を何だと思っているのです」
凄まじく重い斬撃音とともに、煌びやかな黄金の剣光が閃いた。


残りの一匹のガーゴイルはキリトと交戦中、しかも防戦一方のキリトに対して、
「手伝う必要はありますか?」
と、アリスは嫌味の篭った声を発したのである。
「………い、いや、結構〜」
せめてもの意地、矜持で申し出を丁重に断ると、距離を取り直し、得意の連続技を放つ。

右手の剣がブルーの輝きを帯び、水平四連撃技『ホリゾンタル・スクエア』が発動される。
残りの、最後の一匹もキリトによって駆逐されたのであった。
しばらくして、アリスはやがて何かに気づいた様に眉をひそめた。
「ミニオンの血は病を呼びます。きちんと落としておきなさい」
「ん? ああ………」
アリスに指摘され、芳しからぬ臭いのする液体を上着の袖で拭おうとした途端、鋭い叱責が飛ぶ。
「コラっ!」
アリスは実に苛立たしそうな目つきで睨んだ。
「ああ…もう、男というのはどうしてこう………お前、手巾の一枚くらいは持ってないのですか?」
慌ててズボンのポケットをまさぐるキリト。
「も、持ってません」
「……もういいです。これを使いなさい」
アリスから渡された、染み一つないハンカチをありがたく拝借し、ミニオンの血を綺麗サッパリ落とした。
「どうもありがとう」
先生! といいたくなるのを我慢しながら、ハンカチを返そうとすると、騎士様はふんっ!と顔を逸らせて一言!!!
「私に斬られる前に、洗って返しなさい!」

オーシャン・タートル内の明日菜と神代凛子博士
2026年7月6日、月曜日、午前七時四十五分。
治療中のキリトーーー桐ヶ谷和人を見舞った結城明日菜は、フルダイブ技術研究者の神代凛子博士と一緒に、11番デッキのラウンジで朝食を摂っていた。
テーブルの向かい側で、白身魚のフリットにナイフを入れた凛子が、断面をしげしげと眺めてながら言った。
「この魚、オーシャン・タートルで釣れたのかしらね?」
「ど、どうでしょう………」
しばらく海原を眺めていた明日菜は、船らしきものを発見する。
「軍艦?!」
明日菜がそう呟くと、後ろで生真面目な声が響いた。
「あれは日本の船です。日本には軍艦は存在しませんよ
両手に朝食のトレイを持って立っていたのは、スーツを着た男性ーーー中西一等海尉だった。
二人が挨拶すると、
「おはようございます、神代博士、結城さん」
「せっかくだし、一緒のテーブルで食べません?」
凛子の誘いに、少し考えるそぶりを見せてから、
「では そうさせていただきます」
と頷く。
凛子、明日菜とテーブルを共にした中西は、朝食に、食材に関して話をしていると、
護衛艦《ながと》が向きを変え、遠ざかっていく。
それを見た中西は、すかさず立ち上がり席を外した。
明日菜たちに背を向けてポケットから携帯を取り出し、小声で話し始める。
「菊岡ニ佐、お休みのところ申し訳ありません。中西です。《ながと》ですが、明後日1200までは本艦に随走予定のはずでは………それが先ほど 西に転進を………すぐ参ります」
通話を終えると、端末を持ったまま素早く振り向く。
彼の顔は打って変わって厳しい表情になっていた。
「博士、結城さん、申し訳ありませんがここで失礼致します」
「いってらっしゃい。食器は片付けおきますね」
「お言葉に甘えさせて頂きます。それでは」
凛子の言葉に頭を下げるや、半ば走るような勢いでラウンジから出て行った。
ユージオ、90階の大浴場いる整合騎士長ベルクーリ・シンセシス・ワンと出会う
大きな扉を分け入り、中に入ったユージオはしばらく周りを観察すると、ココが超巨大な浴場だと気づいた。
そして………前方右側の水面にたなびく湯気の向こうに何者かの影があることを察知した。
反射的に飛び退り、剣の柄に手を掛ける。
ユージオが愛剣を静かに鞘から抜こうとした時、
「悪ぃけど、もう少し待ってくれねぇかな。なんせさっき央都に着いたばっかりでよ、飛竜に乗りっぱなしで全身が強張っちまった」
無数の刀傷、矢傷だらけで、幾重にも うねる筋肉に覆われた巌のような体躯。

恐らく、この男こそが騎士長と呼ばれる人物なんだろう?とユージオは悟った。
まとめ、感想
ツンデレ アリス様、なかなか面白い。
シーンや会話によって、キリトとアリスの立場がシーソーのようにコロコロと立場が上下したりして……
今回は戦闘シーンよりもキリトとアリスの会話の掛け合いがメインのストーリーでした。
しまいには、キリトに渡したハンカチを「斬られる前に洗って返しなさい」って!
そりゃリームーでしょー アリスさん!!
オーシャン・タートルの場面はなんかの伏線なんですかね?
何か起こりそうな予感がします。