目次
90階、大浴場での戦い
階段状にせり上がる縁を大股に上がった男は、籠から下穿きを引っ張り出して足を通した。
次に薄手の衣をばさりと広げ羽織る。前で合わせた布地に幅広の帯を巻きながら、ユージオに顔を向けた。
「おう、待たせたな」
その後、脱衣籠に右手を向ける。すると、籠のそこから長剣がフワリと浮き上がり、逞しい手に収まった。
それを肩に担ぎ、素足でペタペタと大理石の床を踏んで歩き始める。
ユージオからほんの8メルほど離れた所まで近づくと立ち止まり、短い髭の生えた逞しい顎を撫でながら、言った。
「さてと。お前さんとやり合う前に、一つだけ教えてくれねぇか」
「何ですか?」
「その、なんだ………副騎士長は…ファナティオは死んだのか?」
「生きてますよ。いま、治療を受けている…筈です」
「そうか。ならオレもお前さんの命までは取らねぇでおこう」
「なっ!!」
ユージオは言葉を失う。ハッタリかと勘ぐる気にもなれないほどの強烈な自負だ。
ありったけの闘志を奮い起こし、男を正面から睨んだ。
声が揺れないよう、腹に力を込めて発する。
「気に入らないですね」
「ほほう?」
「何がだい、少年?」
「あなたの部下は、ファナティオさんだけじゃないでしょう。エルドリエさんや“四旋剣”の人たち………それにアリスの生死はどうでもいいんですか」
「ああ………そういうことかい」
「なんつうかな。エルドリエはアリス嬢ちゃんの弟子だし、
四旋剣のダキラ、ジェイス、ホーブレン、ジーロはファナティオの弟子だ。そんで、ファナティオは俺の弟子ってわけさ。オレは恨みつらみで戦うのは好きじゃねぇんだけどよ、でもせめて、弟子が殺されたならその仇くらい取ってやんねぇとっていう、そんだけの話さ」
ニヤリと笑ってから、思いついたように付け加える。
「………まあ、アリスの嬢ちゃんは、俺のことを師匠くらいにゃあ思ってるかもしれねぇが………正味の話、本気で戦ったら、どっちが強いかはもう判らん。嬢ちゃんが騎士見習いになった六年前ならまだしも…な」
「六年前………騎士見習い………?」
男への反発を一瞬忘れ、ユージオは呟いた。
「でも、アリスはサーティ…三十番目の整合騎士でしょう?」
「原則的に、見習いにゃあ番号が与えられねぇのさ。嬢ちゃんがサーティになったのは、去年、正式に騎士に任命された時だよ。実力的にゃあ六年前でも充分に騎士の資格はあったが、何せ若かったからな…」
「でも、フィゼルとリネルは、見習いなのに番号を持ってましたよ」
「あのちびっ子どもは、騎士になった経緯が経緯だからな。特例で、見習いのまま番号を貰ったのさ。
ーーー お前さん、あの二人とも戦ったのか? それで生きているのは、ファナティオに勝ったのとは別の意味で驚きだな!」
「《ルベリルの毒鋼》で麻痺させられて、危うく首を落とされるところでしたけどね」
「ま、オレはお前さんに負けるつもりはねぇし、だから俺と同じくらい強い嬢ちゃんがお前さんに斬られたとも思わん。
元老長の野郎に聞いたとこじゃ、お前さんには相棒がいるらしいな。そいつがここにいないってことは、大方、どこぞで嬢ちゃんとやりあってるんじゃねえのかい」
「………大体、そんなところです」
どうにもこの男の喋りには、敵意を削がれるものがあるが、気を緩めている場合ではない。両目に一層、力を入れ、挑発的な口調で言う。
「ちなみに、あなたを斬ったら、次は誰が仇討ちに出て来るんですか?!」
「ふっふ、安心しな。俺に師匠はいねぇよ」
と、ニヤっと笑い、肩から外した長剣を右手でゆっくりと抜いた。
その男の名はーーー整合騎士長 ベルクーリ・シンセシス・ワン
「整合騎士長ーーーベルクーリ・シンセシス・ワン、参る」

ベルクーリが放ったまるで素振りのような斬撃、剣風は、背後の扉まで届かず消えてしまった!
避けれた!と思ったユージオは秘奥義ソニックリープを発動させた。
秘奥義の光を発しながら、突進するユージオの前方、剣を振り切ったベルクーリの手前に何かがある。
空中を一直線に横切る透明で異様な揺らぎ。
斬撃を開始する直前に、男の剣を包んでいた陽炎のようなもの。

背中に強い悪寒が走った。反射的に突進をやめようとしたものの、一旦発動してしまった秘奥義はそう簡単には止まらない。
ユージオの体がその空中にとどまる陽炎のようなものと重なる。直後、灼熱の衝撃が左胸から右脇へと抜け、何回転もしながら、宙に舞い吹き飛ばされた。
「システム・コール………ジェネレート・ルミナス・エレメント」
浴槽に身体をつけながら、治癒術を唱える。
どうにか血止めには成功し、ふらつきながら立つユージオを、通路に立つ騎士長が悠然と見下ろした。
「今のはちっと危なかったな、まさか!あんな勢いで突っ込んでくるとは思わなかったからよ。悪ぃな、殺しちまうとこだった」
この期に及んでも真剣味にかけるセリフだったが、もはや反発する余裕もなく、ユージオは痛む肺から掠れた声を絞り出した。
「いっ………いまの技は…一体?!」
「だから、言ったろう、奥の手を使うってな。俺はただ素振りで空気を斬ったわけじゃねぇぜ。言わば、ちょい先の未来を斬ったのよ」
ーーー未来を斬るだって!? いや、正確に言えば、剣によって発生した斬撃の威力が空中に留まっていたというべきなのだろうか?剣を振り終えた後も、その軌跡に威力が残留する。言い換えば、未来にその場所に存在するであろう敵を斬る。 と、言ったところなのだろうか。
剣と剣による接近戦は、とても挑めない!ーーーならば、遠距離戦か。
ユージオの頭の中で次手の戦術がグルグルと渦巻いた。
………ベルクーリの長広舌はまだ続いていた。
「この剣は元々、セントラル・カセドラルの壁に据え付けられてた、【時計】っつう神器の一部だったのさ、、今じゃ、同じ場所にある時告げの鐘が音で時間を知らせてるけどよ、大昔はその時計ってヤツが丸く並べた数字をでぇけえ針で指してたんだぜ。
なんでも、世界が生まれた時から存在したっつう代物でよ………最高司祭殿は、【システム・クロック】とか妙な呼び方をしてたっけなぁ」
「司祭殿曰く、『時計は時を示すに非ず、時を創るのだ』…ってな。ともかく、その時計の針を剣に鍛えなおしたのが、コイツってわけだ。
アリスのお嬢ちゃんの《金木犀の剣》が空間っつう横方向の広がりをぶった斬るのに対して、こいつは時間っつう縦方向を貫くのよ、銘は《時穿剣》 時を穿つ剣だ」
どうやら、ベルクーリが長広舌を揮っていたのは、完全武装支配術をユージオに詠唱する時間を与えるものだったらしい。どのような技も初見で打ち破る確信があるのだろう。
「エンハンス・アーマメント」
足元から強烈な冷気が渦巻き、四方に吹き流れる。
ユージオは愛剣を思いっきり床石に突き立てた。
凍りついた床から薔薇の蔓ではなく、鋭い棘が無数に伸びる。それらはたちまち太い氷柱となり、ベルクーリを襲う氷槍と化した。
だが、無論、無数の氷柱はベルクーリの時穿剣の置いた斬撃をすり抜けることは無かった。
騎士長は憎たらしい程の余裕を持って、剣を上段に戻し、ユージオの追撃に備えた。
しかし、ユージオもとうとう自分の間合いに敵を捉え、右手の剣を高々と振りかぶった。
ユージオの剣が描く軌跡とベルクーリの描く鈍色の軌跡が迎え撃つ。
次の瞬間、かしゃーん!とあまりにも軽く儚い音色を放って、ユージオの握っていた剣が砕け散った。
ベルクーリの両目が僅かに見開かれた。あまりにも、手応えのなさに驚愕したのだろう。ユージオの右手にも剣が粉砕する時の衝撃はほとんど伝わらなかった。
それもそのはず! 彼は、突進を開始する直前、握った青薔薇の剣を投げ捨て、代わりに自身が産み出した氷柱の一本をへし折って、剣の代用にしてたのである。
ベルクーリの上段斬りは、ユージオの剣を弾くための一撃だった。もし、脆い氷剣でなければ、力負けして後方に押し戻されていただろう。
だが、右手に持った得物は全く抵抗なく砕け、ユージオの突進の勢いを保ったまま、敵の剣をかいくぐり懐に飛び込めた。
「おおおおっ〜〜!」
再びの気勢とともに体を反転させ、右肩からの体当たりを騎士長の腹にブチかます。アインクラッド流《体術》、メテオブレイクという秘奥義だ。技名の意味は【打ち砕く流星】。
剣が無いので、完全には発動しなかったが、予想外の攻撃で重心が乱れていたベルクーリの巨躯がわずかに浮き上がる。
そして、すかさず騎士長の腰に組み付く。
更に、ここぞとばかりに、ユージオは全身の力を思いっきり振り絞った。
そう、これが最初で最後の機会なのだ ということを悟っていたのである。
ベルクーリも左足を踏ん張って、堪えようとしたが、凍りついた床の上で素足が滑る。
その結果、騎士長もろとも浴槽へとダイブした。
ユージオは神聖術を使い、天井に投げ捨て 突き刺さっている愛剣を撃ち落とし、手元に戻した。




そして………剣を水の中に突き刺し、「凍っれぇぇぇっ〜〜!」
との気合いの入った掛け声のもと、青薔薇の剣に力を込めた。
青薔薇の剣に冷やされたのは、巨体な浴槽のほんの一部に過ぎない。
この男………百戦錬磨、偉丈夫、強靭な肉体を持つ者に…通用しない。
更に、強く念じたその瞬間、ユージオの口から新たな叫びが迸った。
「リリース…リコレクション!!」
完全武装術の第二段階。剣に眠る全てを解き放つ。
カーディナルは、ユージオたちにはまだまだ使えないと言ってたが、今なら…今だけは………

広大な浴槽全体が凍りつき、騎士長ベルクーリも首の半ばまで埋没している。左手も、時穿剣を持っていた右手も、浴槽の底近くに沈んでいる。
ユージオ同様、もう動くことなど出来ない。
騎士長ベルクーリは低く唸った。
「よもや、敵を前にして剣を放り捨てる剣士がいようとはな……… お前さんが編み出した戦い方か?」
「……いえ、相棒が教えてくれたんです。戦場に存在するあらゆる物が、武器とも罠ともなり得る って」
「ふん、なるほどな。地の利ってやつか。ま、一本取られたことは認めるが、このまま負けてやるわけにゃいかねぇな」
「ぬうううんっ!」
騎士長の額に太い血管が何本も浮かび上がる。
首元にも幾筋もの筋肉の束が浮き上がり、肌が真っ赤に染まる。
「な!!………」
ユージオも驚きの声を漏らすしかなかった。
ピシリという、かすかな、それでいて決定的な音が響いた。
二人の間の氷に、一筋の亀裂が生まれ、それは分岐してもう一筋、続けて………
整合騎士たちの、頂点に立つ、人界における最強の男。
恐らく、100年、200年という時を戦場の中で過ごしてきたーーーーつまりは 生ける伝説!
もとより、ユージオもこれで終わるとは思っていなかった。真の狙いはここから先ーーーー強制的な天命の削り合いに持ち込むことだ。
「咲けぇ〜〜!青薔薇!!」
無数の、数百にも及ぶ薔薇の花が次々に咲き始めた。
満開になった薔薇の花たちはユージオとベルクーリの天命を吸って咲き誇ったのである。

「小僧…てめぇ〜 まさか!はなっから相討ち狙い………だったのかよ」
「勘違い…しないで………ください」
「僕が、あなたに勝っているかもしれない、唯一の要素………。 それは………天命の総量です。ファナティオさんは、僕の相棒とほぼ同じ傷を負い、同じ時に倒れた……つまり、老いて死ぬことのない整合騎士といえども、天命の量そのものは僕らと変わらない…ということなんでしょう?」
「外見からして、あなたが整合騎士になったのは、40歳を越えてからでしょう、当然、天命の最大値も減っている。対して僕の天命値は今が最大に近い………例え一太刀受けていても、総量ならまだ僕の方が多いはず。それに賭けたんです」
「整合騎士になった…だと………? まるで、オレたちの前世を知ってみてえな口を叩くじゃねぇか」
ユージオは、眼前の豪傑が誰なのか?ついに思い出した。
ベルクーリ、幼い頃に祖父から聞かさせた、昔話の登場人物の名だ。300年前にルーリッド村を開拓し、初代の衛士長となった名剣士。
果ての山脈の洞窟を探検しに行き、眠る白竜のそばから宝剣、今はユージオの右手に握られている青薔薇の剣を盗み出そうとした豪傑。
ユージオはこの件をベルクーリに話し始める。
………次第にあやふやながら、少しずつ思い出していくベルクーリ。
洞窟の白竜を殺し、そこにあった青薔薇の剣に似たものを………
「お前さんの話を簡単に、信じてやるわけにはいかねぇが、自分が天界から召喚された、神サンの騎士だっつう話は長いこと、呑み込めねぇもんを感じて………いたんだ」
いつの間にか、ベルクーリの体からは完全に力が抜け切っていた。そして、ユージオも………
ーーーー相討ちなのか!?と、考えた途端、まさにその時に!
大きな扉からピエロのような姿の異形な者が現れた。

悪の権化 元老長 チュデルキン現る
「ホッホホォォォ〜〜 これは絶景、絶景〜」
と、動けなくなったベルクーリの頭上に立ち、
耳障りな金切り声が大浴場いっぱいにこだまする。
チュデルキンは、ベルクーリに時穿剣の《裏》を使用しなかったことなど反逆者扱いの言動を並べ立てた。
一方、ベルクーリは、彼に 正々堂々たる勝負に割り込み、泥を塗るような言動に強く反問し、それを諌めた。
「ああ もう、うっさい、うっさい。いいから眠っときなさい〜」
そういうと、全く聞き覚えの無い神聖術を唱える。
すると、ベルクーリの体が次第に石化し、まるで石の彫像ように みるみる変わっていく。

元老長チュデルキンと呼ばれたピエロ(道化)は、騎士長ベルクーリの頭から勢いよく飛び降りた。
「ホヒッ ホヒヒッ 実際、オマエみたいなジジィはもういらねぇンですよゥ〜 1号。なかなか使えそうな駒も見つかったことですし……ネェ?」
ユージオにもついに限界が訪れた。氷の薔薇を踏み潰しながら近づいてくる赤と青の靴を懸命に凝視するが、たちまち薄暗い闇に塗り潰されていく………
ーーーーキリト〜 ーーー アリス……。
そう胸の奥で二人の名前を呼んだところで、ユージオの意識はプッツリと途絶えた。
まとめ、感想
原作だと、青薔薇の剣は浴槽に投げ捨てられる という設定になっているようですが、アニメでは天井に刺さった愛剣を神聖術で撃ち落として、手元に戻す設定になっているようです。
演出的には、アニメの方がカッコいい! ですね。
それにしても、ベルクーリは戦闘マニアなのかな?
いまいち、本気なのか、戦闘自体を愉しんでいるのか、判断できません。
殺すのは、やめておこうか?って言ってる時点で、
ことわざ “窮鼠猫を噛む” のユージオを甘く見てますねー
戦歴は、確かにベルクーリには遠く及ばないけど、ユージオだって、キリト、その他の人達と濃密な時間を過ごして来た と思うんですが。
それにしても ぶっちゃけ、《時穿剣の裏》を初っ端からぶっ放せば、ユージオに勝ったんじゃないかな!
ユージオが若いから油断したのか?自身の力に自信を持っていたのか?
過信の上の油断なのか!?
ついに新キャラ登場〜〜! チュデルキン!!覚えにくいし、言いにくい。
ライオス、ウンベールに続く、わかりやすい嫌味キャラ。
個人的には、ドラゴンボールのフリーザに若干、口調が似てる気がするのですが………?!
どうせ、こういうキャラは最後にやられちゃうんだろうけどね。
でも、やっぱ最高の悪の権化、大スケールの悪の魔女はアドミニストレータでしょうね。
人界にいる民ですら道具扱いですから………
いよいよ、クライマックスに近づいてきましたー
なんか、長いようで短かった感じですね。